DE ROSAとTITANIOの物語

チタンという軽量なスチール素材と高度な職人技でビルドされるフレームの美しさに惚れ込んでオーダーしたDE ROSAのTITANIO Solo。この”TITANIO”の名を冠したフレームの誕生は今のDE ROSAを築き上げてきた栄光の歴史でもあります。

というわけで、今回は『DE ROSAとTITANIOの物語』についてまとめてみました。DE ROSAのハートマークに込められた情熱とTITANIOの魅力が紹介できたらと思います(^^)

DE ROSAの歴史

はじまり

DE ROSAの創業者Ugo De Rosaは1934年、イタリアのミラノで生まれました。13歳の頃から自転車に熱中し、自転車について学ぶ一方で彼自身もまたアマチュアレーサーでした。技術学校では機械工学を学び、やがて彼の興味は自転車そのものにより強く惹かれていきます。

彼の最初の仕事は親戚のワークショップでバイクの修理や組み立てを行うことでした。自分のフレームを作りたいと夢見ながら修行したその小さなワークショップで、彼の運命は決まったのでした。

そして1953年、De Rosaは自らの名前を冠した自転車メーカーを興します。彼が18歳の時でした。

De Rosaのバイクは徐々にミラノのアマチュアレーサーの間で評判となり、その評判はやがてプロレーサーの耳にも入るようになります。そして1958年、当時の有名なサイクリストであるRaphäel Geminianiの依頼に応じてフレームを作ると、その後もVan LooyGastone NenciniGianni Motta、さらにはEddy Merckxといった数々のチャンピオンサイクリストにバイクを供給するようになります。彼の作るバイクはプロレース先頭集団の常連になりました。

特にEddy MerckxとDe Rosaのチームは、Tour de FranceGiro d’ItaliaMilan-San Remo世界選手権など、ヨーロッパの主要レースのほぼすべてを獲得。その後も2人のパートナーシップは続き、1981年にMerckxが自らの自転車メーカーを設立した際はDe Rosaが技術コンサルタントとして指導しました。

TITANIOの誕生

1980年代後半、「レーシングバイク」が盛り上がりを見せる一方で長らくスチールから変化のなかった自転車に技術革新の波がやってきます。なかでも材料を発端とする技術革新に敏感だったメーカーの間で最も注目を集めた素材はチタン合金でした。そして、その第一人者はDe Rosaでした。

1990年にUgo De Rosaとその次男Doriano De Rosaはチタン合金の研究開発を開始します。1993年、その最高到達点としてTITANIOが誕生。フレームを作り上げたのは父の技術を受け継いだ職人気質のDrianoでした。

1994年、DE ROSAよりTITANIOの供給を受けたGewiss-Ballanはその年だけで40以上のレースで勝利を獲得します。特に同年のFlèche WalloneではTITANIOが1〜3位の表彰台を独占する1-2-3フィニッシュの偉業まで達成しました。これらの実績はDe Rosaによる『チタンフレーム』がどれだけ傑出したものだったかを物語っています。

さらなる革新へ

De Rosaの挑戦は続きます。1996年にアルミフレーム、2000年にカーボンフレームをそれぞれリリース。2005年にはCorumを立ち上げ、現代の技術で軽量なスチールフレームを作り上げました。

Ugo De Rosaは言います。

私は前だけを見ていたい。なぜなら、フレームを作り続けて半世紀経った今でも、自転車には改良の余地があると確信しているからです。

そしてこれまでもそうしてきたように、私はこれからの未来においてもこの魅力的で同時にとてもシンプルで複雑な乗り物の進化に貢献したいと思います。

「比類なきものが公式によっては生まれたことはありません。そこにないものを想像し実現することで生まれるのです。」

2013年に創業60周年を迎えたDe Rosaは記念モデル”Sessanta”シリーズを発表。IDOLが復活したのもこの年でした。

またこの記念すべき年にBlack Labelラインを立ち上げ、あらゆる体型にマッチしたカスタムサイズのフレームの提供を開始しました。

小さなスタートアップから始まり今やイタリアを代表するバイクメーカーのひとつへと成長したDE ROSAは、今日も最初の情熱を忘れず『真にユーザーのための自転車づくり』を行っています。

【参考サイト】

Doriano De RosaとTITANIO

創業者Ugoの次男Dorianoを語る上で、あるいはDE ROSA TITANIOを語る上で、両者は切っても切り離せない関係です。

1961年生まれのDorianoは14歳の頃より父の工房で働き始め、父の指導の元、また父と同様に試行錯誤を繰り返しながら自転車およびスチールという素材について学びました。

彼の転機は1980年代後半より始まる技術革新とチタン合金との出会でした。Dorianoは父Ugoと共にこの未知の素材に挑戦し、研究と試行錯誤の末、TITANIOを完成させます。チタンは彼の専門分野になりました。

その後のTITANIOの活躍は前述の通りです。また、TITANIOに対する彼の仕事は参考サイトにリストアップした記事を始め、様々な訪問レポートをご覧頂くのが一番と思います。

その後、DorianoはUgoの愛弟子Alessioと2人で2014年までDE ROSAの工場でTITANIOおよびCorumを作り出して来ました。

【参考サイト】

Dorianoの独立とTITANIO Soloの誕生

世代交代

2000年代に入るとUgoは3人の息子たちにDE ROSAの将来を任せ始めます。彼の知識と経験を受け継いだ息子、家族、そして家族同様に長い時間を共に働いてきた職人達へと世代交代が進んでいきます。

そして2015年、DorianoがDE ROSAから独立し自らのブランドBIXXIS(ビクシス)を立ち上げます。これに伴いDorianoが主として取り組んできたTITANIOとCorumはベテラン職人Alessioと、Ugoの孫でありAlessioの愛弟子のNicholusに引き継がれていきます。

このように、1993年のTITANIOの誕生から約10年周期でDE ROSAは息子、孫へと着実に世代交代を果たしていきます。

Dorianoの独立について

Dorianoの独立の理由についてはソース不明の噂や推測で語られているものが多いのですが、『First Look: BIXXIS Prima Steel Road Bike』に彼自身の言葉で(記事によると驚くほど気軽に)語られた内容が書かれていました。語った内容は大きく以下の3つです。

  1. DE ROSAのビジネスが海外で作られたカーボンフレームにDE ROSAのステッカーを貼ることに傾倒しているように感じることへの不満
  2. メイド・イン・イタリアのフレームを作りたい。金属で仕事をしたい。フレームビルダーを雇用し訓練し、知識の共有と技術の伝承をしたい
  3. 家族を愛しており、DE ROSAを離れることは苦渋の決断だった

Dorianoはこれまでの彼がそうだったように、職人が一貫してハンドメイドで作り上げた金属フレームをユーザーに提供することに強くこだわり、その結果独立を決断したのでした。

会社が大きくなれば効率のために分業が進むのは当然であり、また会社や従業員を守るためにも効率化は必要なことです。そういう意味では、彼のやりたいことを貫くには”DE ROSA”というブランドは大きくなり過ぎたのかもしれません。

TITANIO Soloの誕生

DorianoがDE ROSAを離れる約半年前、2014年7月に2015年モデルとしてTITANIO Soloが発表されました。(TITANIO Soloが日本向けに発表されたのは1年後の2015年8月です。)

TITANIO Soloに使われているパイプの特徴はトリプルバデットの大口径チューブで、また軽量なため大口径でも重量へのペナルティがありません。ダウンチューブは42mm径で、チューブ両端を半楕円状に複雑に加工することでフレームのねじれの最適化と剛性による運動性能の向上を図っています。

ところで新しいフレームは一朝一夕に出来上がるものではありません。試作の時間を考えると半年もしくは1年以上前から設計を開始していたことでしょう。

ここからは推測ですが、TITANIOに強い思い入れがあり、自身もまたTITANIOを2種類同時ラインナップした過去があるDorianoの気質からすると、この“新しいTITANIO”は彼がDE ROSAの従業員を含む家族と手掛けた最後の仕事であり、またこれからのDE ROSAを担う新しい世代への彼なりの“バトン”だったのかもしれません。個人的にはそう思えてなりません(^^)

いつかSoloの誕生について語られるまで or 語られた記事を見つけるまで答え合わせは出来ませんが、少なくともDorianoが強く願ってきた『技術の伝承』はAlessioやNicholusにも受け継がれ、きっとTITANIOの中にも生きていることでしょう。

これからのDE ROSA

これまでのDE ROSAの金属フレーム作りに関してはDorianoの存在が大き過ぎて、今後を心配する声も少なくないと感じます。一方で、独立を決心してしまうほど「自身の技術を伝え職人を育てたい」という情熱を持ったDorianoが、DE ROSAに残してきた財産=職人は大きく頼もしいはずです。

Dorianoが独立した2015年以降のDE ROSAにおける職人の仕事の様子も少しずつ紹介されてきました。ベテラン職人のAlessioやNicholusがTITANIOを製作する様子が紹介されています。

TITANIOを制作するAlessio – Factory Tour: DeRosa – bici life

Alessioを筆頭に、これからのDE ROSAの職人たちがどのようなフレームを作っていくのか、ユーザーの1人として興味を持って眺めていきたいと思います。

また5年後(は早いか)、10年後にTITANIOを乗り換える機会に恵まれるようなことがあれば、現代のフレームとの違いを楽しめたらと思います。

おわり。

【ロードバイク購入記】DE ROSA TITANIO Soloに決めるまで

2016.10.08

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ABOUTこの記事をかいた人

サトウ ケン (sato ken)

1980年生まれ。横浜市在住。

ミニベロ一筋10年目を迎える2016年秋にロードバイクデビューしました。
趣味のカメラを携えて、自転車の話題を中心に好きなこと楽しみながらお届けしていきたいです。

愛車は以下の2台体制。

ロードバイク: DE ROSA TITANIO Solo
ミニベロ  : E.B.S FLOAT 451 Road